国宝 奈良時代(8世紀後半)
入母屋造・本瓦葺

平城宮の東朝集殿(ひがしちょうしゅうでん)を移築・改造したもので、開放的な空間となっています。
外観は平屋の入母屋造で、現在の姿は鎌倉時代の改造によるところが大きいといわれます。
天平時代、平城宮の面影をとどめる唯一の建築物としてきわめて貴重な存在です。
内部は、本尊弥勒如来坐像(重文、鎌倉時代)と、持国天、増長天立像(重文、奈良時代)の他、多くの仏像が安置されています。
重要文化財 鎌倉時代
木造

講堂の本尊で、高さ2.84m。
構造は、寄木造りで、目鼻立ちも大きくはっきりとした力強い表情で、この点からも鎌倉時代の典型的な仏像といえます。
重要文化財 奈良時代(8世紀)
木造

増長天と比較して、体躯の動きは多少ぎこちないが、細かく彫刻された衣紋の精巧さ、緻密さは同時代の木造像としてはあまり類例がありません。
重要文化財 奈良時代(8世紀)
木造

創建当時にさかのぼると考えられる木彫像。
そのずんぐりとした力強い体型は、唐代の仏像を手本としていたもので、鑑真和上とともに来日した唐人の作といわれています。
国宝 奈良時代(8世紀)
木造・乾漆併用 彩色

本来は、金堂本尊・盧舎那仏坐像の左右に安置されていたもので向かって右に梵天、左が帝釈天です。古代インドの護法神で、一対で造像されることが多い仏像です。
両像とも鎧の上に裳(も)をまとい、沓(くつ)を履き、梵天は、さらに袈裟をつけた姿となっています。
大らかな作りの表情は、柔和な印象をたたえています。
国宝 奈良時代(8世紀)
木造・乾漆併用 彩色

四天王は仏教世界を護る護法神です。
本来は金堂の須弥壇の四隅に安置され、梵天・帝釈天立像と同時期、同一工房の作と考えられています。
四像とも丸みを帯びた顔は、やや平板な目鼻立ちながら重厚な表情で、体つきは全体に力強い印象を与えます。
国宝 奈良時代(8世紀)
木造・乾漆併用 彩色

金堂の須弥壇の東南に位置する四天王の一つ で高さ1.85m。
甲冑で身を固め口をへの字に曲げて剣を構える姿は、まさしく武装神といった趣をかもし出しています。
国宝 奈良時代(8世紀)
木造・乾漆併用 彩色

金堂の須弥壇の西南に位置する四天王の一つで高さ1.87m。
口を大きく開いた表情に、振り上げた右手には鈷(こ)を持つ姿は、まさしく魔物を威嚇する迫力があります。
国宝 奈良時代(8世紀)
木造・乾漆併用 彩色

金堂の須御壇の西北に位置する四天王の一つで高さ1.86m。
甲冑を身にまとい、右手に筆、左手に経文を持っています。表情は口を固く結び、静かな厳しさを感じさせます。
国宝 奈良時代(8世紀)
木造・乾漆併用 彩色

金堂の須御壇の東北に位置する四天王の一つで高さ1.88m。
右手に宝塔、左手に戟(げき)を持ち、引き締まった表情でたたずむその姿には、広目天像と同様に静かな厳しさを感じます。
木製 奈良時代
縦1.48m、横1.17m、材質は桧。
寺伝では、講堂もしくは中門に掲げられていたものです。
東大寺西大門のものともに、今に残る奈良時代の扁額で、その文字は孝謙天皇の宸筆と伝えられています。その書風は、東晋の書家、王羲之(おうぎし)の書風にならった行書で、周囲に飾りがついていたといわれます。(現在の南大門のものは複製)